三毛の助です。

数日落ち込んで何もやる気になれずにいました。
今まで生きてきた中で最低な連休になっています。

実は
家にこもっている自分に嫌気がさして
山に行きました。
連休なので人気を避けて無名の山に行きました。

誰一人いない山道を歩いて、天気も良いし
木々の間からこぼれる日の光を浴びながら
気分よく歩いてる中
無性に孤独と空しさが襲ってきて、
その思いに息ができなくなるくらいの
圧迫で苦しくなり
自宅に早々帰宅して寝込んでおりました。

休みの中
独り孤独に散策。

ふと昔ある人に言われた言葉がよぎった

「自分がありすぎる、自分ばかり思うから苦しむ」
「自分のことばっかり考えている。」
「もっと他のことや人のことを思いなさい」
と・・・・

確かに
そうですね。

今思えば
仕事に集中してるときや
趣味に没頭しているとき
他のことを考えているときは
自分を意識していない
だから
自己の苦しみもから離れる。

今は
常にひとりぼっち、
自分の至らなさや、過去の後悔
そして
今の現状を打破できない精神状態を
ぐるぐる堂々巡りしている感は否めない。

どうしても
自分に集中してしまう。

自分があるから苦しむ

「自分のことで悩むなら
人のことで悩め!」
と言われたこともある

確かに

自分という意識
自意識過剰
だから
モヤモヤと悩む

必死に自分がわかなくなる位に生きていない

正に

聞いた話ですが
宗教では
奉仕活動が盛んだが

それには
理由があるという。

悩みがある人に
清掃活動や他人に尽くす奉仕活動をすることによって
他のことに意識をむけることにより
今の自分の思いから抜けることができる
それによって
自意識より離れることにより悩みがなくなる、また減るという
また、客観視できるので抜けられるという

今の自分
ボランティア活動など
奉仕活動に精をだせばいいのかもしれないけれども
その一歩がでない

常に
朝起きてから
今の自分を責めて、叱咤して、卑下して・・
これじゃ
身が持たなくなりますよね

どんなに
外の世界で
活動しようが
旅に出ようが
なにかをしようが
自分からは逃げられない

どこかに出かけるるのでなくて
今の
自分の心、思いと向き合わないと
解決しない
乗り越えられない

調子がいい時は
平凡に過ごし
今のように
調子が悪くなると
苦しむ

この繰り返し
今の
この暗闇抜け出したいが
抜けられない

孤独感もさることながら
何のために生きているのか
生きている意義、意味がない
ような気持ちになってしまう

生きている意味
分かっているつもりだった。
でも
実際、今の状況に陥ると
本当の意味で分かっていなかったことが
分かった。

いくら
感動したと思っても
いくら
感激したと思っても
いくら
涙して腑に落ちたと思っても

それが実際
どん底になっても
同じように、思い、感じられたら
それが
本当の意味で分かった
ということでしょうね

今になり
自分の分かったレベルが
偽りだったのが
身に沁みて
分かります。

人に
アドバイスしていた自分が情けない。

そう
思う
数日でした。

「お前は自己中だ」と
一喝されれば
言い返すことができない日常の繰り返し。

バリバリ働いているときを
思い返せば
根本的な生きるといいうことを
忘れてというより
勘違いして
気晴らしでいきていたような気もします

自分からは逃げられない。
汝自身を知れ

自分の気持ちが整理できていない


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